
■フェーズⅢ 海外インターンシップ参加体験記(アメリカ・エバーグリーン州立大学)
2009年夏のフェーズⅢ海外インターンシップのアメリカ・エバーグリーン州立大学コースに参加された方の「帰国報告」
参加体験記を寄稿頂いたので、ご紹介いたします。
帰国報告書
「日本で生まれ、日本で育ち…」
私は大学連携教育推進協議会が主催するプログラムに参加しました。語学力向上、持続可能な人間関係の構築、社会人の疑似体験をすることを目標に掲げました。昨年、このプログラムを知りました。文部科学省の主催であり、大学の枠を越えた学生に出会えるという点に惹かれました。ぜひ参加したいと思いましたが、TOEIC300点代だった私に、応募資格はありませんでした。「卒業するまでに参加する」と決め、苦手だった英語の勉強を始めました。
ハリウッド映画、ディズニーランド、ハンバーガーとアメリカ文化の影響を受けて育ちました。米国で生活することは幼い頃からの憧れでした。
私を含む9名が参加。目標は違えども信念を持つメンバーが集いました。最初の1か月、エバー州立大学で英語を学びました。活気ある授業、学生と教師の間には、言葉を介したコミュニケーションがありました。教科書通りにいかない英語に大苦戦し、英語日記をつけ、日本語禁止など自分に課しました。
聞いてはいましたが、エバーグリーン州立大学はとてもユニークな大学でした。日本学科の学生とふれあう機会がありました。留学経験のある人からは「日本の学生は勉強しないよね」と言われ、複雑な気持ちになりました。学びに対する熱意を感じ、自分で働き、学費を払う学生に大勢出会いました。とりあえず、大学に進学する学生が多い日本とは違うなと感じました。同大学の特徴の1つである成績表を見せてくれました。成績が数字でなく、コメントで書かれてありました。生徒への膨大な量のコメント、テストだけでなく、学生をしっかり見ていると感じました。
9月に入り、各々の興味に沿ったインターンが始まりました。私は、日系社会に読者を持つ新聞社で働きました。大学でマスコミを専攻、日系人にも興味があったのでぴったりの仕事場でした。記者への多大な憧れ反面、過酷な仕事だということは知っていました。不安でいっぱいでしたが、与えたれたチャンスを精一杯生かして、経験しようと思いました。仕事に追われるほど、やる気になる性分なので有意義な毎日を過ごせました。休日を返上し、現場へ出掛けたこともあります。
印象深いものは日本祭りの取材です。「シアトルで日本祭?」と疑問に思いながら、出向きました。会場には威勢のよい太鼓の音が響き渡っていました。日本人の私ですら圧倒されたので、外国人の方は度肝を抜かれたことでしょう。日本に伝統や文化を改めて見直し、誇らしく感じました。太鼓でなくピアノ、そばでなくパスタを食べ、欧米諸国に憧れて育ちました。日本に誇りの欠如すら、感じていなかった私には大きな心の変化でした。
参加者同士、週1度メールで報告をしました。頑張る同士が応援し会えるいい環境でしいた。「出る杭は打たれる」ということわざがあります。なにかを始める際に、周囲が気になり行動に移せないことがありました。また、私の頑張りを支援してくださる方々に出会い嬉しく思いました。環境にも恵まれ、眠っていた自分らしさを発揮することができました。
仕事を得る過程や価値観の違いも感じました。就職活動が始まり、さらに両国の違いが比較できるようになりました。先日、日本企業のインターンシップに参加しました。「なんとなくきた」という学生が多く少しガッカリしました。内容は、挨拶や履歴書の書き方まで、手取り足取りでした。日本では、入社してからも新人教育といった形で続きます。会社を社員が育てる良い仕組みだと思います。今こそ、耳慣れしたインターンシップ。元々は米国から取り入れられたものです。それをそっくり真似するのではなく、それぞれの国に合う形で取り入れていくことが大切だと思います。
大学生活は、3年目。さまざまなことにトライし駆け抜けてきた気がします。そのため、様々な活動に参加し、自分のものにしてきました。他人と違う経験をつみ、将来に繋げたいという思いからこのプログラムにも参加しました。不十分ながらも両国の違いを肌で感じ、気持ちの変化にも気が付きました。自分の体験を誰か、日本のために生かせないかと考えるようになりました。日本を離れて日本をみる。そこには今までにない発見がありました。私の経験はさらに深みあるものに変わるでしょう。社会に与えられた中に生きるのではなく、自らで何かを提供する。社会人と学生の違いではないかも知れません。アメリカ滞在は日々発見の連続でした。最終日には涙が出ました。涙は自然と出るものなので、本当に素晴らしい日々を過ごせたのだと思います。
帰国して、1か月が経ちました。以前より、大胆で積極的になりました。新聞社でのインターンを継続しておこない、神戸の日系人に関するニュースを、シアトルの日系紙に配信しています。アメリカで感じたこと、決意したことを忘れずに頑張りたいです。このプログラムに携わってくださったすべてのみなさんへの感謝の気持ちでいっぱいです。
神戸親和女子大学文学部3年 池田りな
私は大学連携教育推進協議会が主催するプログラムに参加しました。語学力向上、持続可能な人間関係の構築、社会人の疑似体験をすることを目標に掲げました。昨年、このプログラムを知りました。文部科学省の主催であり、大学の枠を越えた学生に出会えるという点に惹かれました。ぜひ参加したいと思いましたが、TOEIC300点代だった私に、応募資格はありませんでした。「卒業するまでに参加する」と決め、苦手だった英語の勉強を始めました。
ハリウッド映画、ディズニーランド、ハンバーガーとアメリカ文化の影響を受けて育ちました。米国で生活することは幼い頃からの憧れでした。
私を含む9名が参加。目標は違えども信念を持つメンバーが集いました。最初の1か月、エバー州立大学で英語を学びました。活気ある授業、学生と教師の間には、言葉を介したコミュニケーションがありました。教科書通りにいかない英語に大苦戦し、英語日記をつけ、日本語禁止など自分に課しました。
聞いてはいましたが、エバーグリーン州立大学はとてもユニークな大学でした。日本学科の学生とふれあう機会がありました。留学経験のある人からは「日本の学生は勉強しないよね」と言われ、複雑な気持ちになりました。学びに対する熱意を感じ、自分で働き、学費を払う学生に大勢出会いました。とりあえず、大学に進学する学生が多い日本とは違うなと感じました。同大学の特徴の1つである成績表を見せてくれました。成績が数字でなく、コメントで書かれてありました。生徒への膨大な量のコメント、テストだけでなく、学生をしっかり見ていると感じました。
9月に入り、各々の興味に沿ったインターンが始まりました。私は、日系社会に読者を持つ新聞社で働きました。大学でマスコミを専攻、日系人にも興味があったのでぴったりの仕事場でした。記者への多大な憧れ反面、過酷な仕事だということは知っていました。不安でいっぱいでしたが、与えたれたチャンスを精一杯生かして、経験しようと思いました。仕事に追われるほど、やる気になる性分なので有意義な毎日を過ごせました。休日を返上し、現場へ出掛けたこともあります。
印象深いものは日本祭りの取材です。「シアトルで日本祭?」と疑問に思いながら、出向きました。会場には威勢のよい太鼓の音が響き渡っていました。日本人の私ですら圧倒されたので、外国人の方は度肝を抜かれたことでしょう。日本に伝統や文化を改めて見直し、誇らしく感じました。太鼓でなくピアノ、そばでなくパスタを食べ、欧米諸国に憧れて育ちました。日本に誇りの欠如すら、感じていなかった私には大きな心の変化でした。
参加者同士、週1度メールで報告をしました。頑張る同士が応援し会えるいい環境でしいた。「出る杭は打たれる」ということわざがあります。なにかを始める際に、周囲が気になり行動に移せないことがありました。また、私の頑張りを支援してくださる方々に出会い嬉しく思いました。環境にも恵まれ、眠っていた自分らしさを発揮することができました。
仕事を得る過程や価値観の違いも感じました。就職活動が始まり、さらに両国の違いが比較できるようになりました。先日、日本企業のインターンシップに参加しました。「なんとなくきた」という学生が多く少しガッカリしました。内容は、挨拶や履歴書の書き方まで、手取り足取りでした。日本では、入社してからも新人教育といった形で続きます。会社を社員が育てる良い仕組みだと思います。今こそ、耳慣れしたインターンシップ。元々は米国から取り入れられたものです。それをそっくり真似するのではなく、それぞれの国に合う形で取り入れていくことが大切だと思います。
大学生活は、3年目。さまざまなことにトライし駆け抜けてきた気がします。そのため、様々な活動に参加し、自分のものにしてきました。他人と違う経験をつみ、将来に繋げたいという思いからこのプログラムにも参加しました。不十分ながらも両国の違いを肌で感じ、気持ちの変化にも気が付きました。自分の体験を誰か、日本のために生かせないかと考えるようになりました。日本を離れて日本をみる。そこには今までにない発見がありました。私の経験はさらに深みあるものに変わるでしょう。社会に与えられた中に生きるのではなく、自らで何かを提供する。社会人と学生の違いではないかも知れません。アメリカ滞在は日々発見の連続でした。最終日には涙が出ました。涙は自然と出るものなので、本当に素晴らしい日々を過ごせたのだと思います。
帰国して、1か月が経ちました。以前より、大胆で積極的になりました。新聞社でのインターンを継続しておこない、神戸の日系人に関するニュースを、シアトルの日系紙に配信しています。アメリカで感じたこと、決意したことを忘れずに頑張りたいです。このプログラムに携わってくださったすべてのみなさんへの感謝の気持ちでいっぱいです。